2010年1月17日日曜日

サトゥンは魚も正月休み

2009.12.30~2010.1.3のfisingのお話。
結論。5日も釣りに行ってGT1匹バラした話だけかよ、とお思いでしょうが、そういうことでござんす。

30日、午後からいつもプラー・モンの魚影の濃いタルタオ島西岸を攻めるが、2バイト・ノーフィッシュ。
本来ここで数十バイト出ていなければおかしいのだが、余裕の日程のため心に隙があった。
タルタオ島のバンガローに泊まり、月明かりの下、ドイツ人やタイ人と話し、のんびり。まだ大惨事に気付くよしもなかった。

31日は北東の強風。既報の通り、ラウイ島敗退・アダン島泊。この日が致命傷だったな。さすがに魚の不在を覚悟したよ。

1日は東北東の強風。島陰しか竿が振れないし、何せ波が高くて東向きに船が進められない。
ともかくパクバラに戻ることにした。リペ島→クラン島→タルタオ島と、何度も風が弱くなるのを島陰で待ち、向かい風の中を移動。
その間の釣りは全くアジ類のバイト無く、後半はいい加減諦めて、アオリイカなど釣って遊ぶ。すぐ揚げて食うと旨いんだ。
19:00に、波飛沫でびしょぬれになってやっとパクバラに帰着。Happy Houseというピンク色の宿が空いていたので泊まった。怪しかった。

2日も東の強風止まず、海は無理と判断してラングー川河口域のマングローブに行った。
これがまた辛かった。終日1回のバイトも無し。ありえん。ジャックぐらい相手してよね、全く。
夜はいつものBest Houseに宿替えして、General ManagerのHoneyさんとお話した。必殺笑顔にクラッと来る。やっぱ美人だわ。

最終日3日は、南東の風時々強し。何とか海も可能。一方で体調が崩れ、38度の発熱となった。しんどくても最終日だから頑張る。
沖が駄目なら魚は地方に移ったのではと考え、本土に近いリディ島海域を丁寧に攻めた。
あかん。ここもダツしかいない。タルタオ島との間にあるタキアン島に移って1周攻めたが、ダツのバイトが増えただけ。失意の納竿。
 旅程 ←画像クリックで拡大可。桃線が航程、赤点が投げた場所。
帰りの車と飛行機は、悪寒と発熱で最悪。3日後、熱が下がらぬまま全身に赤い粟粒状の発疹が広がり、これはやばいと病院に行くと…
Dr. 「突発性発疹です」
RJ 「ちゃうちゃう。ガキじゃねーんだからさ」
Dr. 「風疹です」
RJ 「ちゃうちゃう。もうやったちゅうに」
Dr.  「とにかく何らかのウイルスです。人に伝染させないように。即入院。」
結局風疹とかではなく、連日の釣りの疲れで体が弱った所に、感染済みのウイルス(種類不明)がドバ~ッと増殖し体が負けたとのこと。
海ニ負ケ、波風ニ負ケ、病原菌ニモ負けル、サウイウヒトニワタシハナッテシマッタ。

家に戻ると、沢山の海の同志から正月休みの釣果メールが来ていた。中には未だ見ぬタイ在住の皆さんの好釣果も。いいなあ。
僕の5日間の旅は、アジ類のバイト1回だけという大惨事。それでも心に残る5日間だった。
その日の宿はその日に決める気楽な旅。様々な出会い。単独釣行で人様に迷惑を掛けなかったしな。
連日のキャストの山で出来た指先のタコに触れていると、青い海と磯の風景が浮かんでくる。
階段は降りきったのだ。もう登るしかないという意思が、回復したこの体に沸き起こる。また行くぜサトゥン!